岡山に行った


いま、82枚目の線画を描きだした。100枚たまったら線画展がしたい。
テーマは笑い声。人がいっぱいおるところでいっぱいの人の笑い声が重なって息苦しかったことを描いてる。それともう一つ画を描いてて、そっちのテーマは名前。名前というラベルが人を作ってる気がしたってことを描いてる。どっちもようわからん。

つい10日くらい前に岡山に行った。
長島愛生園という場所に行ってきた。長島愛生園はハンセン病の隔離施設として使われていた場所で、現在も300人ほどの住居者がいる。その人たちはハンセン病患者として何十年前に入所して、直ってからも後遺症で視覚障害や手が動かなくなって、社会へ出ることが難しくなった人たちで、その病棟に住んでるからといって、今だにハンセン病があるわけではない。現在日本では年に一人も日本人のハンセン病患者がいないらしい。なぜ僕が行こうと思ったかというと中学時代に総合の時間に差別問題を勉強する授業があり、ホームレス問題や部落問題、在日問題、障害者の人たちへの偏見、あらゆる差別の受けた人やそれをどうにかしようとしてる人が講義に来てくれていた。今になって思うと、あの授業は僕にとって国数社理なんかよりもっと大切な授業だった。その中でハンセン病患者で隔離されていた7、80のおばさんが僕の中学にやってきた。いまでも断片的にその話は覚えている。
それをふと思い出すことがあって、何となくぶらっと家の近くに「リバティおおさか」という人権センターがあって、次の線画の題材でも探すかと中に入ってみた。そのときにハンセン病のパネルを見て、映像を見て色々思い出して急にその映像で映っていた長島愛生園に行かなければと思った。人権センターはやっぱりハコモノでそれはそれで勉強にはなったけど実際現地に行かないと本質は見えて来ない。
その日、家に帰って調べてみると見学会がやってることがわかって、それからちょっとして岡山へ電車に乗った。僕は行くと決めたら行かなければならないになり行くが義務になる。僕はどうしてもその日に行きてくて、それを逃すと1週間ほど用事があったから今じゃないと行けないと思って、とりあえず電車に乗ろうと決めた。明日の11時から見学会がはじまる、しかし7時40分の愛生園行きのバスに乗らなければならない。なぜならバスは1日2本しかないから。とりあえず駅探でしらべてみると今日の夜、とりあえず電車で播州赤穂まで行って朝5時の播州赤穂から邑久へ行けば着くとわかった。時計を見るともう15時で急いで用意して親に言って夜の地下鉄に乗った。


愛生園には無事ついた。
見学会より少し時間があったので博物館で展示や映像を見てた。今日は歯科大の生徒の人らが社会見学できてるらしい。一人でその群れについていかなくちゃならなかった。歯科大の先生らとはちょいちょい喋ったが生徒は同い年だろうけど一切喋らなかった。

一通りの見学会のあと、住居者のお話を聞く会に参加した。患者さんに直接お話を聞くのは中学の時以来だ。話が終わって他の人らが帰ったあと、聞きたかったことがあったから近くにいった。それでいろいろ喋ってるうちにすごいことがわかった。
「大阪から来ました林と言います」
「大阪?大阪のどこや?」
「西成ってとこです。」
「西成?俺も西成やで!西成のどこらへんや?」
「梅南です。」
「俺、橘や!」
岡山の島で偶然、隣の中学出身の人に出会った。

その後、そのおじいちゃんの家に行ってボンカレーをごちそうになり一緒に銭湯に入って10時過ぎまで色々喋ってた。
話してみて一番強く思ったことは、真実は一方向からだけでは物語ることが出来ないということだ。どんな事象に置いても”僕の方向から見た視点”は間違ってるにせよ偏屈にせよ発信することを、それを時代とともに美化させることも風化させることもしたくないならしなくてはならない、そう改めて感じた。長い間お話をして最後の方は何か喋ってたら涙が出た。わからない。別に良い話を聞いたとかじゃなく、自分の意見を言おうとしたとき急にそういう目のまわりがあつくなった。

夜の島を一人歩いて今日泊まらしてもらう場所へ行った。おじいちゃんが病院に言って泊まらしてもらえる場所を作ってくれたのだ。

朝、早く起きて午前中に一本のバスに乗る。おじいちゃんが見送りにきてくれた。
色んなことを感じて色んな画が思いついた。





2時間か3時間かかってようやく犬島に着いた。犬島はアートプロジェクトの島。製錬所という建物が有名だ。行ったら平日なのに観光客のおばちゃんが多くて、いちいちきゃっきゃしてうるさかった。製錬所のなかは面白かった。だけどいちいち説明する人が立ってるのが嫌だった。僕は基本何でもぼそっと一人で見たいので何かむずむずした。それに説明されてへ〜って思ったけど、説明付きの作品ってどうなの?っていう思いもあった。これはこういうことを表現してて、こっちはこうこうって説明くさいなって思う面もあった。だけど一番最初の鏡の奴はすごかった。

その語、島内散策や家プロジェクトを見てたら乗りたかったフェリーが行ってしまっていた。しゃーないから喫茶店でたこめしを食べて画を描いて2時間つぶした。座敷に座って描いてたら、たまたま一人で来てたおっちゃんと仲良くなって、なんやかんや話してたらフェリーが来た。

アートは僕にはわからない。

とことこ電車に乗って帰る。帰りにコンビニで「ひもQ」という長い紐みたいなグミを買う。なんかあれ好き。

電車に乗って2時間くらいの間、線画を描いてた。態度悪く椅子に座って足をがってしてどんって紙を置いて描いてた。

大阪に10時くらいに着いたのか、その後、ワタナベカメラに寄って、家に帰った。電車旅は思ってたよりつかれる。自転車の方が楽だと思った。

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