日々の遺言

A4の画用紙にボールペンで遺言を描く。
僕は毎日、そんな気がしている。

日々、感じることは様々で、僕は忘れっぽいからか、すぐにそのときの強い憤りや悲しみ、寂しさや嬉しさは消えていってしまう。ぼーっとした奴だから、朝起きたら昨日の悩みなんてもうほとんど忘れてしまってる。だから僕は、その日感じたことはその日に消費しないといけない。それが無理な時はいつもの創作ノートにグチャグチャと詳細にメモをとって忘れないようにする。以前は線画は想像脳をトレーニングするための練習で、線画自体にはそこまで感情をぶつけてはいなかった。だからこそモチーフはごろごろあって、消しゴムをみたら消しゴムを題材にだって描けるし、蚊に刺されたらそのかゆさを画にすることも出来た。でも今はそれはあまりしないようにしている。いくらでも画なんて描こうと思えば描ける。そこらじゅうに浮かんでる題材と適当な構図さえあれば、どこまででも数は増やせる。だけど今はそれはしたくない。今しか描けない画を描くコトの方が大事だ。今日の感情は今日死んじゃうから今日描いちゃわないといけない。それを真空パックで冷凍保存して日をおいて描こうとするとキレイになっちゃって本当の気持ちにある生臭さが無くなっちゃう。キレイな画は僕の性格には合わないので描けない。

そういえば最近は創作ノートや画の裏の意味不明な文章を見られても恥ずかしくもなくなった。誰かに画を見せる時、前までココは読まないでって言ってたけど今はもう何見せてもエエわと思えるようになった。別にどう思われても良い。以前はこれを描いても良いのかなとかを考える気持ちがどっかであって制限してたところもあったけど、今は全て出しきれる。

そういえば最近は線画の裏に題名以外にそれを描いてるときに考えてたことや日付と何時何分まで描くようにしてる。昨日や一昨日の晩ご飯何食べたとか、この前に友達に会ったのはいつだったかなんて覚えてないけど、 日付と時間を見て僕はその時、確かに存在していたんだな確認して安心する。一週間前に描いた作品はすごく懐かしい気がして、一ヶ月で描いた数十枚の作品の束を見てほっとする。


昨日、60枚目が完成した。
次は何を描こうか。

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