線画

宮城から大阪に帰ってから、ずっとボランティア活動を通して自分が感じてきたことを画にしてきたけど、21枚目を描き終わったときに、もう絞り出さな出えへんなってて、それでは 僕の思いが”つくりもの” になっちゃうと思ったので、そこで区切りをうつことにした。今は他のモチーフの線画を描きだして、次は44枚目だ。多分この1ヶ月で50枚くらい描けんじゃないかなって思ってる。またYoutubeとかUstreamで線画を描いてるところを公開しようとかもくろんでるのでまたそのときは是非チェックして下さい。

コノ何日間かの話をすると、また油絵を再開して、今日『目的を待つバス停』が完成した。安部公房の「箱男」も読みだした。一昨日は中学生の子たちに美術ちょっとした遊びの授業をして、昨日は久々に高校の友達とメシ喰って、英語の勉強もやりだした。

そういえば最近の線画は一枚3、4時間かかってて、過去のものとは違うものが出来てきていて、僕はやっぱり線画が一番好きだと思った。最近の線画は出来るだけ今、考えてることを表現しようとしてる。線画は過去を合わせると通算500枚を超す。500枚なんて描くと、そろそろイメージももう枯れてくるかと思いきや、掘ってみればなんぼでも出てきそうな気がする。多分それは今、感じてることだけを描こうとしてるからなんだろう。朝起きて太陽があっちへ行って夜にベッドで寝る。その中で毎日なんとなくふっと発見がある。今日はパンドラの箱の中の希望は果たして本当に希望だったのか、ということを最近英語の勉強で読んでる英語版ギリシア神話を読みながら感じて、あって画が頭の中に浮かんだ。一つ一つの画に思想を詰め込むのは時にしんどいこともあるけど今は楽しい。描くために僕は考えてる。頭の中でなんやかんやガラクタを調合して画にする。それをまた他の人に見せてこういう思いで描いたって説明したときに、ほーっていう人もいれば、何言ってんだ?って人もいることが楽しい。
宮城から帰ってきてから僕は ”感じたことをありのままに描こう” と決めて、それが人に理解されなくてもとりあえず描こうとした。宮城での体験の線画を高校の友達に見せたときに、何かわからんけどわかるって言われたときは本当に嬉しかった。正直に何かを言う、僕はそれが出来るはずだからそれしかやらないでいたい。画で事実を伝えることは難しいが真実は伝えれると思う。それしかない。人にも自分にも嘘はつけても画の中ではつきたくない。

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