九州一周 by bicycle 数日後 大阪

家に帰ってきてなんでもない日を3日くらい過ごした。
この3日あったら福岡から鹿児島までは縦断できるわけだと思うと何か焦る。
帰ってきてワタナベカメラに行って僕が撮った写真を現像してもらった。
もうほとんど忘れかけてた2日目とかの記憶がなんとなく思い出される。

九州一周、でもほとんど観光地には行ってない。
福岡市街も熊本城も見ていない。久留米でも熊本でもラーメンは食べていないし、阿蘇山も何さんもわからなかった。
ただ1070キロ自転車で走るために九州を選んだようなもんだ。
だけどとにかく一周は気持ちいい。
何か巨大な怪物を倒したような爽快感。
それは一周して初めて感じることの出来る “ やったったぜ “ 感。

” やったったぜ ” バカにするのは簡単だけど何十年かけて一つの “ やったったぜ ” を得られたらそれはそれで素敵な生き方だ。
今度はもっともっとでかい “ やったったぜ ”を感じたい。


僕はこの自転車九州一周の旅で一つだけ心がけていたことがある。
それはゴミを道ばたに捨てないこと。
例えば風で吹き飛んだビニール袋も取りに行く。
それはエコの観点からとかそんなことじゃない。
当たり前やって思う人もいるやろしそんな大したことでもなんでもないことなんやけど、僕の中でその旅への信念があった。
それは「無意味な旅にしたい」という気持ちだ。
誰の役にも立たず、だけど誰にも無害な旅。
僕は自転車で走るという時点で、車だったら排気ガスが出るが、自転車なら僕の口元から出る微量のCO2だけ。
だからってこんな貧乏旅でどっかの観光地が潤うわけどもない。
全てに対して無益でいたかった。
そういう意味では国道という人が自然を削って作ったアスファルトを通ることは果たして僕の信念に逆らってるのではないかという気持ちにもなったりした。
九州の道を走ってて一つ思ったことは無駄なトンネルが多いなっていうこと。
その奥行き20Mのトンネルを作るためにもともとの生命体の生活は削り取られ、水の循環もそこで遮断される。都会に住む自分、便利な生活を普通と感じる一人のニンゲンが言える立場じゃないけど、そのトンネル作るなら車やったら山をグルリと回れば良いやろって切実に思った。
そういうこともあって、僕はこの旅は誰にとっても全くの無意味、利害のない、僕が九州を一周しようと家でじっとしてようと誰も気にもとめない旅にしたかった。
僕は自転車は徒歩の次に最高の交通手段だと思ってる。
自分が目指す目的地に足の裏をへなへなにしても着こうとする。
車やバイクで機械の力を使ってラクしてハハって笑って目的地に着くより、徒歩や自転車の不便さが自然でありそれが一番大事なものだと思う。
僕はこの旅の途中でビュンビュン通る車を見て、何か文明の力って何なんかなって思った。テクノロジーが全て高等なものであるなんて僕は思えない。
何となく言いたいことが散漫したいけど
無意味な旅、僕はそれこそが本当に意味のある旅なんだと思っていたい。

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